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インタビュー 2021.9.13

琴坂将広先生に日本のスタートアップの海外進出事情や、スタートアップエコシステムをどう活用すべきかを聞いてみた

自ら起業経験をもち、プロ経営者も多数輩出するコンサルティング会社を経て、いまは慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)で学生の指導にあたる、琴坂将広准教授。その一方で急成長するスタートアップの社外取締役も務めたり、コロナ禍以前には海外での研究発表や調査も精力的に行うなど、実社会との強い接続のもと教育を推進されています。

そんな琴坂先生に、スタートアップはグローバル展開をどう考えるべきか。コミュニティをどう活用すべきか。また、アフターコロナを見据えた起業へのアドバイスなどを伺いました。

(プロフィール)

琴坂 将広さん 慶應義塾大学総合政策学部准教授

慶應義塾大学環境情報学部卒業。博士(経営学・オックスフォード大学)。小売・ITの領域における3社の起業を経験後、マッキンゼー・アンド・カンパニーの東京およびフランクフルト支社に勤務。北欧、西欧、中東、アジアの9カ国において新規事業、経営戦略策定にかかわる。同社退職後、オックスフォード大学サイードビジネススクール、立命館大学経営学部を経て、2016年より現職。上場企業を含む数社の社外役員・顧問を兼務。専門は、経営戦略、国際経営、および、制度と組織の関係。主な著作に『STARTUP優れた起業家は何を考え、どう行動したか』(NewsPicksパブリッシング)、『経営戦略原論』(東洋経済新報社)、『領域を超える経営学』(ダイヤモンド社)、監訳・解説書に『VUCA時代のグローバル戦略』(東洋経済新報社)、分担著に『Japanese Management in Evolution』などがある。

起業経験者の蓄積が視野を広げ、創業当初から海外市場を意識させる

―スタートアップと国際経営がご専門ですが、ご自身でも起業を経験されているのですね。

琴坂

19歳から3社、小さな会社の起業を経験しました。最初の会社では自分達でシステム開発して自分は営業を担当、企業のキャンペーンサイトなどを受託、2社目は千葉や山梨に出店してグラスウェアを販売、3社目は中小企業向けのWebサイト運営やPC購買支援と、対象も内容もさまざまです。会社にまつわることを、総務や人事労務に至るまで全て、自分で一通り回した経験は大きかったですね。

その後は約7年、海外に行きますが、2013年に帰国後もかつての起業仲間やネットワークがあったおかげで、スタートアップのエコシステムに自然と迎えてもらえました。

―海外というのは、大手コンサルティングファームですね。

琴坂

最初の1年半は東京で、その後2年半はドイツに行き、北欧やイギリス、フランス、ドバイ、カタール、中国、シンガポールとさまざまな国の企業の世界戦略の構築を支援しました。ヨーロッパの文化や考え方がとても好きになり、その流れでオックスフォード大学に進み、博士号を取得して帰国しました。

自分で小さな会社を創り動かす経験をした後に、ベストプラクティスといわれるようなグローバル企業の戦略検討から意思決定のプロセスに参画させて頂いたのはとても大きな学びになりました。

―最近は日本のスタートアップでも、海外展開を視野に入れるところが出てきています。海外市場をどのように捉えるのがよいでしょうか?

琴坂

海外展開に関して、以前よりも積極性が見られますね。現在でも、まずは日本市場を対象として拡大を図るのは合理的です。それは日本市場では、言語や文化の壁があるのでグローバル企業による参入も多くなく、競争が激化しにくい。エグジット環境としても、小規模企業でも上場しやすいマザーズ市場があるからです。

しかし、IT業界のスタートアップの黎明期といわれた90年代から30年、3~4世代目の企業群が主役となり、一度普通の企業成長は果たした、エグジットもしたという「経験者」も数多く輩出されています。起業家だけでなく経営幹部層やエンジニア、デザイナーなども含む、そうした人材が近年、執行役員に名を連ねるスタートアップも急増しています。

―たしかに、「メガベンチャーの元経営幹部がCxOに就任」といったニュースリリースをよく見かけます。

琴坂

そういう経験値があると「次はグローバルに挑戦したい」となるわけです。また、メルカリが設立直後から掲げてきたアメリカ市場への挑戦が、ここに来て好調に推移しているといった成功例もあります。スマートニュースもアメリカ市場での急成長をさらに加速させていますが、2012年12月に日本でニュースアプリSmartNewsをリリース後、2014年10月には米国版をリリースと、創業当初から海外市場を視野に入れた事業設計をしていました。

―すると、スタートアップがビジネスのアイデアを考える際に、創業当初から海外展開までイメージしておくのがよいのでしょうか?

琴坂

そうですね。もし海外を視野に入れるならばそうだと思います。やり方はいろいろで、アプリケーション設計する際に日本市場に合わせすぎず、最初からマルチリンガルでも違和感ないようなインターフェースにするのも一つですし、組織作りでも最初から日本人を採用しすぎないなども一つです。当初から日本で法人を持たずシンガポールを本社にして、東南アジアでオンライン教育事業を展開するManabieのようなスタートアップの例もあります。

グローバルで見れば日本市場は特殊なので、それをふまえて日本市場だけではない、先を見据えた事業設計というのは、経営の大事なポイントです。IPO後など、成長しきってから国際化を始めるのでは組織や製品の変革が必要となり、さらに難易度が上がります。当初から想定しておくとよいですね。

エコシステムに対しては打算的にならず、「夢を交換する」スタンスで

―起業を考える人は、起業家コミュニティやVC、協業先となる大手企業といった、スタートアップのエコシステムとどのように付き合っていくのがよいでしょうか?

琴坂

近年は昔に比べ、起業の応援団をして頂ける組織や個人が増えています。起業自体をやりたい人であれば、今は何も分からなくても段階を追っていろいろな経験をできる環境がありますから、積極的にネットワークを広げていくとよいと思います。そのやり方として、自治体や企業によるアクセラレーションプログラムなどを活用するのも一つでしょう。成功するための起業スタイルや方法論を学ぶには適しています。

一方で、目指すビジョンが明確でパッションがあり、起業はそれを実現するための手段だという人であれば、より選択眼をもって、その人のアクセスさえもらえればビジネスを急成長させられるくらいのノウハウを持った人や団体からの支援というのを見極め、受けていくべきでしょう。その場合、スタートアップのコミュニティではハイリスク・ハイリターンなチャレンジに対して、失敗も許容して受け止めてもらえます。たとえばリーマンショックやコロナショックのような激震があって事業がうまくいかなくなっても、誠心誠意事業に取り組んでいれば、必ずまた別の活躍の機会があります。このように、コミュニティの中にいるのは価値あることなのです。

―投資家と付き合ううえで留意すべきことは何でしょうか?

琴坂

日本の場合は、非常に厳しい契約条件を要求してくる投資家もまだまだ存在するので、投資を受ける際には法律関係の知識やリテラシーが重要です。出資額に見合わないような比率の株式取得が条件だったりするわけですね。そうした法律関係のアドバイスやチェックについても、エコシステムにおけるコミュニティが助けになるでしょう。

―そうした意味でも、起業家同士やスタートアップの経営幹部になるような人たちとのコミュニティが大事なのですね。

琴坂

そのとおりですが、誰が成功するのか。誰が実際に有望なスタートアップのCxOになるかは分からないので、最初から打算的につき合ってはいけません。打算的な人は見透かされますし、私個人としても魅力を感じません。「経営者同士で集まろう」よりも、「農業を良くしたい」など、自分の目指すテーマや解決したい社会課題に即した集まりがよいと思います。その領域に属していれば経営者に限らず、エンジニアでもデザイナーでもセールスでもよく、「夢を交換する」というスタンスが重要です。

―つい目の前の経営におけるメリットを考えがちですが、この起業で何をしたいのかをきちんと見据えたうえで、一緒にやれる人たちとエコシステムといえる関係を築いていくべきということですね。

琴坂

そう。ですから、起業に向いている人というのは、旗振り役になり、自分の夢を伝えることができる人なのです。一緒に戦っていく仲間と「同じ夢を見ている感覚を共有」できることが重要で、そういう共振性のある人がトップでない会社は、大きくはならないものです。起業は個人戦ではないので、組織化した取り組みをどれだけしていけるかがカギ。今は本当に優秀な人材が、大企業で安穏と過ごしていくこともできるのにあえてリスクをとって、起業に挑んでいます。

「ゼロイチスキル」は、起業以外のキャリアでも大いに生きる

―それには近年、副業やフリーランスなど働き方もより多様化して、起業したビジネスが万一難しくなった場合でも生活を立て直しやすくなっていることも影響していますか?

琴坂

それはありますね。また、起業で鍛えられるような、ゼロから事業を興すとか、サービスや製品を企画し実現するというスキルは、大企業でも日本社会全体でもいま最も求められているスキルです。そして、それは場数を踏まないと身につかないものなんですね。ですから、起業するのは大きなリスクに晒されるように見えますが、実はこれ以上ない学びの機会なのです。

自分で会社を創り、お金とビジネスを取り回している感覚というのは、別の場所でも必ず生きます。アスリートのように競争的な環境に身を置くことで大きく成長できますから、あまり失敗を恐れる必要はないでしょう。

むしろ、これからの時代はそうした成長につながるような挑戦ができない組織で10年も無作為に過ごしてしまうと、もうキャリアを展開させることすら難しくなりかねません。単に十分な給料と待遇に甘んじて人生を終えるのではなく、何か自分が挑戦して届けた付加価値に対しての対価をいただく、という実感を得ながら生きていく形として、起業というのは魅力的な選択だと思います。

―自分に起業が向いているかどうかは、どうすれば分かるでしょうか?

琴坂

アクセラレーションプログラムや、学生ならインターンシップに参加するのも、ヒントになり得るでしょう。長年学生を見ていて思うのは、起業に向いているのは「与えられたものに満足しない」タイプだということです。たとえば、五反田バレーのITスタートアップで働きたい。でも新卒は採用していない。それでも起業に向いている学生は諦めずに、まずメールを送ってみる。返信がなければSNSでアプローチするなど、自分から考えて働きかけ、手を尽くしていますね。

―自発的な行動力といったものが、目安になりそうですね。最後に、アフターコロナに向けて、スタートアップエコシステムの潮流に変化はあるでしょうか?

琴坂

「Volatility is Opportunity」だと思います。変動期こそチャンスです。いま圧倒的な成長を遂げているスタートアップには、リーマンショック前後に生まれているものが多いように、今コロナ禍前後に生まれているスタートアップのいくつかは、5年後くらいに日本を変えるようなサービスを創ることになるでしょう。実際すでに、期待されるような足腰の強いスタートアップには投資や人材がどんどん集まっています。

―これから起業をめざす人に、アドバイスをお願いします。

琴坂

あまりコロナ禍などによる、目先の現象で自分のやりたいことをずらしてはいけない、と伝えたいですね。起業家はよく「必ずこれが来ると思っていた」といいます。それがいつかは分からないが、波が来た時にその波に乗れる場所にいよう、い続けようと思っている、というわけです。そういう人は、DXや5Gといったバズワードには左右されません。自分のビジョンをひたむきに追及し続けていて、波が来た瞬間にがっちり捕まえるだけ。そうした自分の世界観や独特な哲学で意思決定していくことが必要であり、それが許されるのが起業なのです。

―ありがとうございました。

執筆者

取材ライター

久保田 かおる

インタビューはリラックスムードで楽しく。原稿では、難しいことも分かりやすく伝えるのがモットーです。

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