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インタビュー 2023.4.5

【急成長を続ける品川区のスタートアップ特集】「予防医療×マーケティング」で、健診受診率や治療率向上で成果を出す株式会社キャンサースキャン福吉代表に起業からスケールするまでの道のりを聞いてみた

「人と社会を健康に」をミッションとして、全国自治体とともに予防医療事業に取り組む株式会社キャンサースキャン。2008年に、がん検診の受診率向上事業を開始し、国立がん研究センターの方との共同研究体制を構築しましたが、2016年には全国自治体向けのサービス提供に舵を切り、2022年には特定健診受診率向上事業で全国自治体の40%以上のシェアを獲得しています。代表取締役社長の福吉潤さんに、事業の概要や企業の経緯、品川区で活動するメリット、今後の展望について聞きました。

 

(プロフィール)

福吉 潤さん 株式会社キャンサースキャン 代表取締役社長

慶應義塾大学総合政策学部を卒業後、P&G Japanに入社。ブランドマネージャーとしてマーケティングやブランドマネジメントを担当する。 2006年、ハーバード大学経営大学院に進学しMBAを取得。同大学研究員として従事したのち、2008年11月に株式会社キャンサースキャンを創業。2021年、慶應義塾大学大学院医学部にて博士号(医学)を取得。
・慶應義塾大学大学院 健康マネジメント研究科 非常勤講師
・厚生労働省 がん対策企業アクション アドバイザリーボードメンバー

 

安定した研究事業から自治体営業に切り替え、全国シェア4割へ

 

―まず、予防医療事業とはどのようなものですか?

福吉 潤

マーケティングの手法により、健康診断の受診率や生活習慣病の治療率の向上を目指すものです。自治体が有する健診結果やレセプトデータなどのヘルスビッグデータを独自のアルゴリズムで解析し、地域全体の予防医療的な行動変容を促すマーケティングプロジェクトを企画・実行しています。現在は全国1718市区町村のうち700以上で導入され、4割以上のシェアを獲得しています。

―受診率や治療率というのは、あまり高くないものなのですか?

福吉 潤

日本では高血圧や糖尿病などの生活習慣病に備えられるよう、特定健診が国策として2008年にできました。血圧や血糖値などの異常に早く気づき、治療を始めればコントロールできるのに、自覚症状がないからと放置してしまうんですね。実際に健診を受けてリスクが見つかる人は約4割いますが、その5割は何もしていないのが現状です。予防と治療に隔たりがあるわけで、そこに橋を架けるのが当社事業なのです。

―健診の受診やその後の治療にうまく進まないのは、なぜでしょうか?

福吉 潤

日本は国民皆保険制度があり、保険証があればどこの医療機関にもかかることができるので、早めに行動して予防するインセンティブが働きにくいのでしょう。たとえばアメリカは医療費が高く、保険も日本の自動車保険のように自分で加入します。そこで補償無制限だと掛け金が高額ですし、安く押さえれば保険金額は年間3000ドルが上限だったりします。一方で、たとえば乳がん治療は数百万円かかるので、そうなる前に見つけようとなるのです。

―ちなみに一度、事業を大きくピボットされたそうですね。

福吉 潤

2008年に創業し、最初の事業はマーケティングの力で、がん検診を受ける人を増やそうというものでした。最初に杉並区で乳がん検診の案内チラシを、補助金が出る点を訴求して作り直すと、受診率が131倍となったのです。こうした成功事例を論文にしたところ、同様に受診者を増やす策を求めていた大学研究室から声がかかるようになりました。そうしてHIV検査や肝炎ウイルス検査などの研究グループに所属し、研究費をもらって受診を促すメッセージを開発し、その行動変容を論文にするのを繰り返しました。研究シンクタンクのように社員20名くらいで、安定はしていましたね。

ですが、あるときハーバード時代の同級生と話していて、創業の原点に立ち返りました。やりたかったのは、研究などのエビデンスを現場の実践につなげることだったはずなのに、気づけばエビデンスを作るに留まっていたのです。それで売上の8割を占めていた研究事業を全て辞め、現場となる自治体への営業を始めました。2016年のことで、創業以来の黒字経営がその年だけ大赤字でしたが、おかげで現在に至っています。

人の困りごとを解決する、社会貢献とビジネスは両立できる

 

―そもそも、起業意欲は学生時代からあったのですか?

福吉 潤

大学は慶應SFCで私は6期生ですが、意欲的な人が多い環境でした。サークルやお店を立ち上げる人が普通にいて、自分でも何かやってみようと思ったのです。それで、SFC学生が教える小論文対策講座を企画しました。SFCの入試の小論文は独特な出題で、一般的な予備校の対策では歯が立ちません。そこで50人集まればペイするだろうと1人5000円の講座を企画したところ、100人以上が集まったのです。

予想以上の反響が得られ、これがビジネスの原体験となりました。目の前で5000円札が積み上がっていくのが面白く、困っている人を助けられれば、それはビジネスとして成立するのだと印象付けられましたね。

―その後、どうなりましたか?

福吉 潤

ビジネスをもっと学びたくて経営計画のゼミに入りましたが物足りず、教授に相談したところ、経営学修士であるMBAを勧められ、単純にハーバードの願書を取り寄せたら、3年の勤務経験が要件になっていました。それでビジネススクールで歓迎されそうなキャリアを考え、マーケティングのケーススタディでよく取り上げられるP&Gに新卒で入社しました。

そこで洗剤のマーケティングを担当したのですが、化粧品などと違い、ニーズがあらかた満たされている商材です。やむを得ず、潜在的にはどうかと探り、部屋干しの臭いや溶け残りにペインを見出して、除菌力を打ち出した製品や液体洗剤を開発してもらったりしていました。

―その段階で、起業意欲はまだあったのでしょうか?

福吉 潤

正直、大企業で働く面白さを感じていました。私がニーズを見つけて企画すると研究開発部門が動いてくれ、全世界のR&Dにナレッジシェアされます。工場ですぐ量産され、営業も動く。そうやって自分のアイデアが商品として流通されていくのが楽しかったのです。ですが、結果的には7年で退職しました。それは、困りごとを無理やり発掘しに行くよりも、世の中がもっと困っているはずのことにダイレクトに向き合ってみたいという思いからでした。でも転職だと、同じように外資でマーケターとして渡り歩くようなキャリアになりそうで、それ以外に何ができるか分からなかったのです。ですから、その時点でもまだ起業ということではなく、マーケティング手法を生かして困っている人に解決策を届けることが何かできないかと、それを探しにハーバードのMBAに行きました。

―そこで共同創業者の石川さんと出会うわけですね。

福吉 潤

その前にまず、入学式の学部長のスピーチで「社会貢献とビジネスは両立できる」といわれたのが衝撃でした。社会貢献はNPOで利益出さずにやっていくイメージでしたが、ビジネスのプロがやれば両立できるのだから、一生懸命ビジネスの勉強をしていけというのです。以来、マーケティングのスキルを生かせるテーマを探していました。そして出会ったのが、後に共同創業者となる石川です。石川は医学部出身で、当時はハーバードの公衆衛生の大学院に通っていました。彼は、早期治療につながる早期発見がうまくできていないのを課題視していましたが、マーケティングであれば検診を受ける意識や行動を作ることができます。そうして、医学の課題をマーケティングで解決する会社を2人でやろうとなり、卒業後すぐに帰国して2008年11月に創業したのです。

アイデアを誰に話しても、うまくいかないよと言われ続けていたので、起業前は不安も大きかったです。結局チャレンジする決め手になったのは、ちょうど子どもが生まれたことです。起業して仲間ができ、一丸となって社会を変えていく姿を見せたいと思いました。

社員20人から250人のフェーズを五反田ですごし、愛着が

―そうして共同創業者と2人で始め、どのように人が増えていったのですか?

福吉 潤

半年くらいで、都庁や杉並区役所などが興味を示してくれました。そこでもう1人必要だと思い、P&Gの後輩を「マーケティングで人の命を救う会社をやるから」といって誘いました。それが今の副社長の米倉です。彼をはじめ、自分のスキルで意味のあることをしたいと思う人が興味を持ってくれましたね。「ソーシャル&プロフィット」という方針に惹かれてくる人も多く、いま社員は約250人です。

―2016年のピボットも、成長基調には大きかったでしょうか。

福吉 潤

そうですね。全国にサービスを展開していくことになり、社員もかなり増やす必要がありました。事業を自治体に展開していくとなると、現地に足を運ばねばなりません。そして、何より事例が必要でした。東京の杉並区でこうだったといっても、北海道であれば道内の実績を求められます。都道府県ごとに事例を作らねばならず、それに気づくにも約2年かかりました。

―五反田にオフィスを構えたのはいつ、どのような理由からですか?

福吉 潤

最初は、私と石川の2人ともに便利だった渋谷にオフィスがありましたが、20人でいっぱいになる狭さだったため、2017年に倍くらいのスペースを求めて移転しました。予算感で納得できたのが、開発前で古いビルの多かった虎ノ門か五反田で、全国に出張が多いので新幹線駅の品川や羽田空港に近い五反田に決めたのです。

結局居心地が良く、その後も五反田の中で移転しています。社員も近隣に多く住んでおり、出張の移動も楽とのことです。。それだけ便利なのに、駅自体も混み過ぎず、飲食店も多いのでランチ難民の心配もないですね。コロナ前は、月1回は全社員で飲みにいっていました。仕事で喧々諤々あっても、飲みにいって笑い合えれば一体感が増しますよね。いまはリモートとのハイブリッドにして、仕事をしながら育児をしている社員なども増えていますが、社員間のコミュニケーションは大事にしていきたいです。

―そのほか、品川区で良かった点はありますか?

福吉 潤

人の生活に近いのがいいですね。当社のビジネスは生活者のためのもの。この人たちが検診で病気を見つけられ、家族も幸せだと、そういう「人の生活」が見える場所であることが大切です。
また、品川区は創業支援もすごく充実していますね。最近、社員で独立した人が3~4人いるのですが、みな品川区で登記しており、支援策をいろいろ活用しています。

―ちなみに御社では資金調達はされていませんが、それはなぜですか?

福吉 潤

創業当初からVCより声がかかると、認めてもらえた気がして単純にうれしかったです。でも、当社のビジネスを理解する前から投資したいと言われたことがあって、今なら、投資家はビジネスよりまず人を見るものだと分かりますが、当時はがっかりしたのです。また、当社のソーシャル&プロフィットの方針が、投資家目線では許されるようにも思えませんでした。そもそも予防医療にマーケティングを取り入れていく新しいビジネスを創っていくので、5年でIPOのようなスピード感は出せません。時間軸が投資家とは合わず、互いにアンハッピーだと思って出資を受けずに来ました。

今思えば、やり方はあったかもしれないですね。投資家にもタイプがあるので、当社の思いと時間軸に共感いただける人を探せたのかもしれません。

―最後に、起業や資金調達を考えている人へアドバイスをお願いします。

福吉 潤

最初の頃は事業アイデアについて人に話しても、「そんなの無理」「うまく行かない」と鼻で笑われることが多いものです。今までなかったことを始めようとしているので当たり前だし、簡単にうまく行くはずも確かにないでしょう。しかし、やり方次第で開けるかもしれません。始めることが先決で、うまく行かなければ乗り越え方を考えればいい。課題の解決を繰り返していくだけです。ですから臆せず、まず始めてほしいです。
もう一つ、退職して起業する場合はいきなり収入がなくなるので、初期費用に対してコスト意識が異常に高まるもの。1回の出張で交通費を5万円かけて不発だと、すごく失敗したと落ち込むくらい、切羽詰った金銭感覚になるんですね。最近独立した元社員も、自分で会社をやると、会議室ひとつ借りるのももったいなく感じると言っていました。そういうときこそ、区のインキュベーション施設など、割安で提供されているものを探してみてはどうでしょう。行政のサポートが自分の事業に直結するなんて、最初は考えにくいかもしれませんが、使わなければもったいないくらいの気持ちで、ぜひ頼ってみてください。

執筆者

取材ライター

久保田 かおる

インタビューはリラックスムードで楽しく。原稿では、難しいことも分かりやすく伝えるのがモットーです。

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