【急成長を続ける品川区のスタートアップ特集】 日本最大級のメタバースプラットフォームを生み出したクラスター株式会社 代表取締役CEO加藤 直人 氏に、スケールするまでの道のりと見据える未来を聞いてみた
誰もがバーチャル上で音楽ライブやカンファレンスなどのイベントに参加したり、友達と常設のバーチャル空間やゲームで遊んだりできるメタバースプラットフォーム「cluster」を運営するクラスター株式会社。2015年に創業し、2017年にVRアプリとしてローンチした「cluster」は今ではイベント累計動員数2000万人を超え、日本のメタバースシーンを牽引しています。代表取締役CEOの加藤直人さんに、起業や五反田にオフィスを構えた経緯、スケールの様子、描く未来像について聞きました。
(プロフィール)
加藤 直人さん クラスター株式会社 代表取締役CEO
京都大学理学部で、宇宙論と量子コンピュータを研究。同大学院を中退後、約3年間のひきこもり生活を過ごす。2015年にVR技術を駆使したスタートアップ「クラスター」を起業。2017年、大規模バーチャルイベントを開催することのできるVRプラットフォーム「cluster」を公開。現在はイベントだけでなく、好きなアバターで友達と集まったりオンラインゲームを投稿して遊ぶことのできるメタバースプラットフォームへと進化している。2018年経済誌『ForbesJAPAN』の「世界を変える30歳未満30人の日本人」に選出。同じく2022年「日本の起業家ランキング2023」のTOP20に選出。著書に『メタバース さよならアトムの時代』(集英社/2022年)
引きこもったことでバーチャル世界の実現を志し、VR領域で起業
―大学院時代に3年の引きこもり生活を経て起業されたそうですが、そもそもなぜ引きこもるようになったのですか?
加藤 直人
もともとアカデミー志向で、研究者になろうと思っていました。SFやフィクションが好きで宇宙に憧れていたのと、世の中の構造を知ることに興味が強かったのです。それで京大理学部で宇宙論と量子コンピュータを研究しましたが、大学院に進んだ頃に、自分は研究より、エンジニアとしてモノ作りを通して物事を理解するのが好きだと気づきました。
それで研究を止め、自室に引きこもってプログラミングで稼ぎながら、世の中の仕組みにSFの世界観を取り込みたいと思うようになりました。そういう世界を創りながら世の中について理解を深めていくのが楽しかったのです、そうなってくると、起業が必然的でした。資本主義社会で人やお金を集め、自分のエンジニアリング力を最大限発揮するというスタートアップのフォーマットが、自分には相性が良かったのです。
―世の中の仕組みへの興味は、もともと強かったのですか?
加藤 直人
小学生の頃からですね。中学時代には友だちとバーチャル株取引で勝負したりしていました。リアルのデータと照らし合わせながら、1000万円をどれだけ増やせるかを競うんです。そんな風に、世の中のお金がどう流れているのか、企業がどう行動しているのかなど、仕組みを知るのが好きだったのです。アニメが好きだったところから始まり、ゲームを作りたくなって、プログラミングを覚えたのもその頃です。
―だから、引きこもる間も社会とはつながっていたのですね。
加藤 直人
そうなんです。対面したのはコンビニや大学の食堂で年間10人くらいと、物理的には人と会わない生活になってはいても、リモートでプログラミングの仕事はしていたし、SNSやEコマースなどを通じて、むしろ一般の人より社会にどっぷり漬かっていました。
―コロナ禍の緊急事態宣言のような状態を、先取りされていたようです。
加藤 直人
そうですね。このパンデミックでみな気づいたように、情報へのアクセスやモノを買うのは在宅で問題ありません。コミュニケーションもSNSでほぼ満たされますが、難しいのが、物理的な接触や集まることによる熱狂感です。引きこもったことで、インターネットでは補えない部分があることに早くから気づけたのです。
そこで当時、それを解決するインフラや技術とは何かと考えたときに、ゲーム業界がヒントになりました。オンラインゲームなど、現実世界をいかにバーチャル上に創り出すかに苦心してきた業界であり、ゲーム機の構成要素はパソコンと同じで、映画のような本格的グラフィックで色彩表現を極めようとしています。そう考えると、既存のインターネット産業でやり取りし切れなかった情報もゲーム業界の技術を融合させれば、かなりの部分を実現できると思いました。それでVR技術で起業したのです。
ブログを見たVCの誘いで上京し、会社を設立。人が増えて五反田に移転
―起業のきっかけは何でしたか?
加藤 直人
私の書いていた開発ブロクを見て、あるVCがTwitterにメッセージをくれたのです。そして起業を勧められ、一緒にゲームアプリなどを開発していた、後にCTOとなる田中宏樹と東京に出て、2015年7月に共同創業しました。東京に出たのは単に、人もお金も集めやすいからです。最初は渋谷で、そのVCが他のVCと一緒に運営するコワーキングスペースに入居しました。そこで半年ほどかけてプロトタイプを作ったのが、VRアプリの「cluster」です。それが一気に盛り上がって2016年4月には、その2つのVCと個人投資家から約5000万円を資金調達できました。
―五反田にオフィスを構えたのは、その頃でしょうか?
加藤 直人
そうですね。スタッフも5~6人と増えてきたので、コワーキングはそろそろ出ようかとなりました。渋谷は便利ですが、当時は10人20人向けのオフィス物件が見つけられず、駅から遠くなるなら渋谷に固執することもないと、恵比寿、目黒と探して五反田で一気に賃料が安くなったので決めました。駅近で借りられ、手頃な飲食店も多いし、まだ五反田バレーという言葉はありませんでしたが、スタートアップもfreeeなどが当時からちらほらあって居心地がいいなと思いました。他のスタートアップの人とランチに行ったりもしていますしね。
―その後、事業は順調にスケールしましたか?
加藤 直人
そんなことは全くありません。2016年にα版をリリースしたときはVRブームが到来しますが、2017年には、ガートナーのハイプサイクルでいうところの幻滅期となり、ブームが去ります。cluster自体はこのブームで広く使われるツールにはなったものの、ビジネスモデルがうまく作れず、VRデバイスの普及も思ったよりは進まなかったため、幻滅期になると経営は厳しくなりました。実際、多くのVR会社が2017年後半頃には廃業。当社は幸い、2017年5月に2億円の資金調達をしており、少し余裕がありました。
すると2017年の末から翌年にかけ、日本でバーチャルYouTuber(VTuber)が急に流行りだし、clusterも彼らがイベントやライブをやる場として活用されるようになりました。その後はコロナ禍となりむしろ法人案件が増え、2021年10月にはfacebookがメタに社名変更したことでメタバースが潮流となり、その勢いで今に至ります。
冬の時代にも安易にピボットはせず、波待ち&次へのインプット
―幻滅期を何度も乗り越えたのですね。続けてこられた秘訣は何でしょうか?
加藤 直人
波が来るまで待ち続けることが大事です。すると、波が来た瞬間にパッと乗れる。そもそも私自身に、メタバースのような世界がいつか来るという信念があり、方向性は間違っていない自信がありました。ですから、ダウンサイドでは他のことに手を出したりとジタバタせずに、こらえていられるような会社の仕組みにしておく。そしてアップサイドが来たときにはしっかり乗れるようにしていました。
―こらえている間というのは、どうしていたのですか?
加藤 直人
たとえば2017年の冬の時代には、約10人の社員には研究開発を任せ、私自身は中国に約1ヵ月視察に行きました。当地で投げ銭といわれるライブ配信サービスが全盛期だったので、伝手を頼って中国のライブ配信やVRの会社を訪ねてヒアリング。B2Cでグロースさせるヒントを求めてのことでした。
グロースの観点で言えばスタートアップには、B向けよりC向けサービスのほうが難しいもの。コンシューマーの動きは、ユーザーが多数集まってコミュニティを創っていくなど、自発的な要素も多く、今求められるものを的確に捉えねばなりません。それでもアップサイドは青天井でヒットしたら本当に世界が変わるというのがC向けサービスの醍醐味です。10万MAUが100万MAUになれば売上、流通が10倍になり、1000万MAUになればさらに10倍ですが、ソフトウェアサービスの場合コストはサーバー費以外ほぼ変わりません。GAFAもC向けサービスでヒットしグロースしました。そういうC向けサービスの創り方を、中国で聞いて回ったようなイメージでした。
―足踏みしているときにも、先の成長に役立つことをインプットするなど、やるべきことがあるのですね。
加藤 直人
そうです。時期を見て、無闇にピボットするよりは、ちゃんと足踏みしたうえでコストを絞るのがいい。来るべき未来は、いつかは来ますから。バーチャル上で音楽ライブが普通に開かれ、企業がこぞってバーチャル空間を活用しようとする時代は、2017年当時には「いつかはそうなるかも」程度の温度感でしたが、パンデミックの影響で10年くらい前倒しになったとはいえ、いま実際にそうなっているわけです。
頼もしかったのは、当時出資してくれたVCも「流れは間違っていない」と言ってくれていたことです。それもあって、信念に基づき、一番近くに旗を立てておくことができました。
このように来るべき未来を予測するのは、特殊技能ではありません。「いつかはそうなる」ことについては、多くの人が同意するでしょう。いつ、どのタイミングで来るかが分からないので、それまで耐えられることが大事なのです。
cluster上での「不老不死」の実現が、最終目標
―そうしてclusterはユーザーがバーチャル空間を作り展開できる、国内最大級のメタバースプラットフォームとなり、多数の法人イベント、さらに官公庁との取り組みも進んでいます。今後は何を実現していきたいですか?
加藤 直人
バーチャル空間で自分が実現したい世界観からいえば、まだ1%しかできていない印象ですが、まずcluster上での表現力を高め、制限をより減らしたいです。たとえば、バーチャル上のコミュニケーションで障害になる言語については、リアルタイム翻訳が求められるでしょう。実際、テキストベースならかなり精度が高まっており、音声ベースでの実用化もほぼそこまで来ている。言語の壁の次は、カルチャーの壁を壊す。生まれの国や宗教などをうまくゾーニングしつつ融合させるようなことをしたいです。そして、体験できるデバイスをより増やす。ゲーム機などを想定しています。直近ではこうしたことですね。
―長期的に目指す世界観というのを聞かせてください。
加藤 直人
クラスター社で最終的にやりたいのは「不老不死」。肉体を離れた世界観の実現ですね。脳の意識を完全にコピーしてコンピュータにアップロードし、肉体部分をcluserのバーチャル空間に接続できれば、実質的に不老不死が可能だと考えています。
それに向けたひとつの取り組みですが、京大情報学研究科の神谷之康教授と共同研究を行っています。脳というのは860億個の神経細胞(ニューロン)がシナプスでつながっている塊にすぎず、その組み合わせの計算さえできれば第一原理的には脳の活動を再現できるはずです。意識の解明および再現は世界的にはまだまだという状況ですが、ぼくはかなり楽観的に見ています。実際、脳の活動情報をfMRIで読み取って機械学習にかけると、今見ていることや考えていることもけっこうな精度で分かる。そういう脳情報のデコーディングを行っているのが神谷先生の研究です。
私自身の人生のなかで、cluster上での不老不死をぜひとも実現したいですね。
―最後に、起業を考えている人へアドバイスをお願いします。
加藤 直人
一番大事なのはタイミングです。未来を見据えるのに特殊能力は必要なく、適切にインプットを重ね、適切に世の中にある情報を混ぜて考えれば、大体の方向性は見えるもの。そうしたインプットを行いながらタイミングを待つのです。そして、タイミングが到来したらしっかりキャッチできるよう、網を張り続ける胆力も必要です。張り続けるうちには辛いこともあり、辞めたくなったり、別のことをやり始めたりしがちですが、信じ続けてほしい。流行に乗っただけの人はすぐ辞めていきますが、長く立ち続けていればアセットが積み重なり、業界No.1となれるかもしれません。ピボットは、最終的に目指す山を変えるのでなく、登り方を変えるのであれば賛成ですが、ゴール地点を安易に変えるのは良くないと思います。
もう一つ、日本のスタートアップの仲間として言いたいのは、テクノロジーに真摯に向き合っていこうということです。私は技術信者であり、テクノロジーが世の中を良くしていくと心の底から信じている。だからスタートアップをやっているのです。そういう仲間、テクノロジーを信じて真摯に向き合う、技術ドリブンの会社がもっと増えてほしいですね。
カメラマン:藤本和史
執筆者
取材ライター
久保田 かおる
インタビューはリラックスムードで楽しく。原稿では、難しいことも分かりやすく伝えるのがモットーです。