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インタビュー 2023.6.23

【スタートアップの知財戦略特集】東洋経済・弁護士ランキング知財部門1位の山本さんに、スタートアップの知財戦略の勘どころを聞いてみた


特許や商標、意匠など、スタートアップの事業戦略にも深く関わってくる「知財戦略」ですが、知らないでいると、どのような落とし穴があるのでしょうか。
また、大手企業と協業やアライアンス、オープンイノベーションを行う際の契約では、何に留意すべきかも気になるところ。そうした疑問について、『スタートアップの知財戦略』の著書である弁護士/弁理士の山本飛翔さんに伺いました。

(プロフィール)

山本 飛翔さん 法律事務所amaneku 代表弁護士・弁理士

2014年3月東京大学大学院法学政治学研究科法曹養成専攻修了。同年9月司法試験合格(司法修習68期)。2016年1月中村合同特許法律事務所入所。2023年1月法律事務所amanekuを設立し、同事務所の代表弁護士に就任。
弁護士になって以来、一貫してスタートアップの知財戦略支援に取り組んでおり、2020年の3月には『スタートアップの知財戦略』を出版し、同月に特許庁よりスタートアップ知財の専門家として奨励賞を、2022年には東洋経済の「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」知的財産部門1位を受賞。また、大企業や大学の法務・知財面のサポートも行ってきた経験を活かし、2019年度より特許庁・経済産業省「オープンイノベーションを促進するための支援人材育成及び契約ガイドラインに関する調査研究」(事務局)に、2022年度より内閣府「大学の知財ガバナンスに関する検討会」(委員)に参画する等、スタートアップ・大企業・大学の三者にとって理想的なオープンイノベーションの形を実現するべく尽力する。

 

模倣品・侵害品流通を防ぐには、商標や意匠の登録が有効

―スタートアップにとって、特許などの知財はどう重要でしょうか?

山本 飛翔

まず、ソフトウェア系のスタートアップでいえば、技術そのもので突出するというより、潜在的なニーズを見つけ出し、これに応えるサービスを提供してユーザーを獲得するビジネスといえるので、種と仕掛けが分かれば真似されてしまいます。ですから、参入障壁を作る意味で、特許をとっておくことは重要で、投資家もそこを見るケースが増えています。実際この2~3年で、IT系スタートアップからの特許の相談がかなり増え、意識の高まりを感じています。
このように、既存の技術さえ組み合わせれば誰でもできてしまうが、着眼点や使い方に新規性があり特許になっているからブロックできるというのがビジネスで役立つ強い特許であり、真似をされると存亡に関わるスタートアップにとっては非常に重要です。

―ものづくり系のスタートアップで気にすべきポイントは何ですか?

山本 飛翔

技術に関する特許ももちろん大事ですが、模倣品対策で使いやすいのは、商標や意匠の登録です。たとえば国外から模倣品が入ってくる場合は、税関に差し止め請求をしておくと国内に流通する前に止めてもらえます。訴訟に比べ、費用も時間も圧倒的に少なくて済むので、スタートアップには使いやすいですね。
国内の流通についても、たとえばB2Cであれば、アマゾンやヤフー、楽天などのプラットフォームでは知財の侵害品が出回ると、運営側に対応を怠ったとして責任が追及されるリスクがあります。ですからスタートアップでも、自社の権利と模倣品について通報すれば、かなり迅速に取り下げてもらえます。
こうした申し立てや通報に使う権利として、商標権や意匠権も有用です、すなわち、商標なら文字やロゴ、意匠も形なので外観で分かりやすく、権利侵害の事実を確認してもらいやすいためです。また、特許と比較して取得費用が安いことが多く、模倣品対策では商標権や意匠権のがコストパフォーマンスの良さは魅力です。そのため、特許権と並行してこれらの権利の取得を勧めています。

―そのほかで、スタートアップが大手企業と協業などの契約をする際に、気をつけることはありますか?

山本 飛翔

スムーズに契約を進めるために、スタートアップ側も大手企業の状況や立場をしっておくとよいですね。先方と交渉する際は、ビジネスの担当者がフロントに出てきますが、そこで話がまとまっても知財部門のレビューで止まるのはよくあることです。ですから法務チェックで手間をかけずに決裁を通しやすいような資料を用意できるか、が意外と大事ですね。
より根源的には、契約書の雛形を大手企業に用意してもらうケースも危険があります。大手の雛形は当然、大手に有利に作られており、下請企業に対するものが利用されるケースもあります。その場合、他社との取引を制限する内容になっているケースがあるのです。下請であればその企業と大型の取引ができれば良いと判断できるケースもあるかもしれませんが、スタートアップがそうした制約のある契約をすると、取引できる相手に大きな制約がかかることになるため、投資家からはその時点で成長可能性がないと評価されかねません。
ならばスタートアップ用にその雛形を修正すればよいかというと、それも難しい。なぜなら、その雛形からスタートアップとの協業に適した契約条件に修正していくと、大手企業の法務部にとってその修正は、あたかも自社が一方的にスタートアップ側に譲歩したような履歴になるので抵抗されやすいのです。ですから私が勧めているのは、最初から雛形は用意せず、まず互いのビジネスの領域や求めたい条件について理解しあい、規約の概要が決まったところで契約書面を作り、そこから微修正をかけていくことです。
弁護士の仕事とは、できあがった契約書をチェックしアドバイスするイメージをもたれやすいですが、それより前の段階からサポートすることも多いですし、必要なプロセスだと考えています。

特許の出願は極力早く、審査請求は各社の事情でタイミングを決める

―そのほか、スタートアップにとって大事な観点はありますか?

山本 飛翔

特許は国内で1件取るのにもそれなりの金額がかかります。すると、大手企業のように何百という数の特許で勝負するのはスタートアップには難しく、1件の費用対効果を上げ、意味のある1件を創り上げることが重要。ですから、その1件の目的を明確にし、それに沿って権利の内容を出願時に検討して、取得後にも目的に沿って活用することが大事なのです。また、その1件のなかで全部を欲しがっても全てが中途半端になるので、その1件の取得・活用の目的を明確に定め、絞ることも大事。あれこれ詰め込むとそれだけプロセスも時間もかかり、込み入ってその出願自体がうまく行かないこともあり得ます。

―特許には、出願と審査請求の2ステップがありますが、どういうタイミングで行うのがよいですか?

山本 飛翔

特許権の取得には新規性の要件があるので、出願時点で公表されていると取れません。ですから、リリース前に極力速やかに行うのが鉄則です。よく資本政策は後戻りできないといわれますが、特許も同様で後戻りできません。出願のタイミングはなるべく早くにと、投資家とも連携して周知、啓蒙に努めているところです。
いっぽう審査請求は、出願してから3年間猶予が与えられていますが、すぐに権利化したい場合は出願と同時に、特許審査期間が短くなる「スーパー早期審査」を使うこともあります。ですがIT系のスタートアップでは、リーンスタートアップが普通で、出願時の内容と完成品の構成がずれることが多いもの。ですから、急いで権利化する必要がなければ、まず出願だけしておき、プロダクトの改良結果が見えてきたところで「優先権主張出願」や「分割出願」を使うといったやり方があります。このように、審査請求についてはビジネスの進め方とその特許をとった目的により、適したタイミングはまちまちになります。

―いずれにせよ、弁理士がスタートアップのCEOやCTOとしっかりコミュニケーションすることが大事ですね。

山本 飛翔

そうですね。弁理士も発明者の1人じゃないかというくらい、一緒に作っていくべきなのです。弁理士にとってはそれがスタートアップの案件を手がける面白さややりがいなので、そういう事務所と出会ってほしいですね。

会社名やサービス名は、ドメイン取得段階で商標チェックしておくべき

―そもそも弁理士に相談をするタイミングというのは、いつ頃がよいですか?

山本 飛翔

良い知財戦略を作るには、事業戦略を組み立てる段階から知財観点を持つ人がディスカッションに参加するべきです。大手企業でもビジネスと技術、知財の3部門が三位一体で作りこむのが理想といわれますが、大きな組織だとうまくいかず、業界の課題となっています。
実際スタートアップでよくあるのは、開発もビジネスもある程度詰められて、これは他社にないから出願できるかもしれないという段階で声がかかるケースです。それでも早いほうですが、理想的には、これからどうしていこうかという柔らかい段階からがよいですね。それだと知財的に他社の権利侵害を回避するための手段など「守り」の打ち手もできますし、こういう仕掛けを作れば事業戦略にフィットしたやり方ができるなど「攻め」の打ち手についてもディスカッションできます。

―他社の権利侵害調査というとIPOを考える段階でやるイメージですが、早くから意識するメリットは何でしょうか?

山本 飛翔

他社の権利を侵害していたときに怖いのは、差し止めを受けることですが、SaaSなどWebサービスであれば設計変更などで逃れることもでき、致命的にはなりづらいです。深刻なのは、ものづくり系スタートアップの場合で、一度ユーザーに侵害品が渡ってしまうと回収が難しく、設計変更に伴い、工場のライン稼動にも関わってしまいます。
このように、ビジネスモデル次第といえますが、ある程度は早くても困ることはないでしょう。

―スタートアップからの相談が遅すぎた失敗談はありますか?

山本 飛翔

よくあるのは、せっかく面白い技術やコンセプトなのに、すでにリリースしてしまっていて特許が取れないケースです。「新規性喪失の例外」という手続で一定期間は救済されますが、その期間も過ぎて対応できないことも少なくありません。また、その例外が使える場合でも、グローバル展開を考えると、アメリカには同様の制度がありますが、中国やヨーロッパにはなく、同じ内容で展開権利をとれずに事業展開が不利になることがあります。
また、他社の権利侵害調査をずっとしていなくて、上場直前になって発覚してにっちもさっちも行かなくなることもあります。
商標の問題もよくあり、商標調査をやらずに大型の広告で何千万円とかけた後に、社名やサービス名を変えねばならない事態に陥るケースは実際多いです。商標の出願は基本的に早い者勝ちなので、会社名やサービス名が決まったタイミングで出すべきですし、理想的にはドメインを取る段階で、商標を取れる名称なのかを確認するのが望ましいですね。

出版がきっかけで、スタートアップ知財の専門家として認知アップ

―山本さんはどのようにしてスタートアップの知財戦略に関わってきたのですか? 経歴を教えてください。

山本 飛翔

ファーストキャリアは、知財を専門に扱う法律事務所でした。技術系の特許から商標、著作権などの知財までワンストップで対応しますが、メインクライアントは国内外の大手企業です。しかし、私自身は弁護士を志したときからスタートアップの知財戦略を手がけたいと思っており、事務所でもそこを主に担当してきました。それが2020年頃から形になり始め、『スタートアップの知財戦略』を出版したり、特許庁でスタートアップ知財の専門家として表彰されたりしました。2022年には東洋経済の「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」の知財部門で1位となり、2023年1月に独立して法律事務所amanekuを設立しています。

―弁護士の専門分野は企業法務だけでも、人事・労務、コンプライアンス、M&A・会社法、IT・個人情報保護などと多岐に渡り、昨今はますます専門性の深さが求められます。そのなかで「知財×スタートアップ」を得意とする方は少ないのですか?

山本 飛翔

商標や著作権という話であれば、スタートアップの知財を扱う人は増えましたが、技術系の特許も含めた知財で、特に訴訟経験もあるとなると、かなり限られるでしょう。
また、スタートアップにおいてもオープンイノベーションの案件が非常に増えていますが、私は前職で大手企業とも関わりがあって両方の立場が分かるということで、特許庁のオープンイノベーションのモデル契約事業にも参画しています。技術系特許を扱う関係で大学の仕事も多いため、スタートアップ・大手企業・大学が関わるようなオープンイノベーションを扱うことも増えましたね。

―そもそも、スタートアップの知財戦略に興味を持った理由を教えてください。

山本 飛翔

まず、弁護士の仕事は基本的にリスクヘッジなど、守りのイメージが強いものですが、そのなかで知財戦略にはビジネスを前に進めるための「攻め」の側面があり、面白いと思いました。ですが大企業では組織上、知財部門と経営部門に距離があり、知財担当者が事業戦略においそれと関わることはできにくい。それがスタートアップであれば、知財の専門家として外部から深く関わり、事業成長に貢献できる可能性が大いにあるのです。

VCの投資判断において、知財の注目度がアップ

―近年はスタートアップの資金調達市場が活況ですが、そのなかでVCや金融機関から知財が注目されることも増えていますか?

山本 飛翔

増えてきましたね。本体が知財部を有するCVCなどに加え、シードを投資対象にしている独立系VCもこの2~3年くらいで、特許を含め、知財に関心を持つようになりました。投資家が知財に興味を持つことで、スタートアップ側もますます意識が高まっていくでしょう。
また、特許には新規性の要件があるので早く取り組みたいところですが、資金に余裕のないシード期には難しいかもしれませんが、知財に理解ある投資家が増えてきた関係で、その分も予算に織り込んで出資する形も出てきています。私自身、VCからの依頼で投資先スタートアップの知財をチェックするケースが増えました。

―費用でいうと、品川区では知的財産権取得経費助成 の制度があり、最大20万円が助成されます。

山本 飛翔

それは有難い制度だと思います。海外の出願だとジェトロが用意していますが、国内の出願に関して補助が出るのは、そんなにあることではないんです。

―山本さんは、品川区のスタートアップアドバイザー事業 に登録もされていますね。さままざな専門家が最大5回まで無料でアドバイスを行うものですが、実際、どのような相談に応えていますか?

山本 飛翔

コンテンツ系事業だと著作権関連や、ものづくり系では技術の特許についてなどが多いですね。それも「ちょっと危ない気がするのですが・・・」といった、かなり大まかな内容だったりします。ただ、ご相談のスタートはそのくらいで十分で、一緒に相談者が気づいていないところも含めて問題点を洗い出すところからスタートしますので、ちょっとでも気になることがあれば、気軽に相談してください。病院と同じで、早く来てもらえればできることもいろいろあります。その際にはピッチ資料など、事業内容が分かるものを添えてもらえると、相談を効果的に行えると思います。

―これから起業をめざす人に、アドバイスをお願いします。

山本 飛翔

知財はもちろん、法務についても、スタートアップのビジネスを前進させるためのサポートができると思うので、ぜひ頼ってみてください。知財はコストと捉えられやすい領域ではありますが、会社をどうしていきたいか。そのうえで、どういうことに困っている、こういうことをしたいといった議論も共有してもらえると、知財の専門家としていろいろ提案やアドバイスをして、成長に貢献できると思っています。


―ありがとうございました。

執筆者

取材ライター

久保田 かおる

インタビューはリラックスムードで楽しく。原稿では、難しいことも分かりやすく伝えるのがモットーです。

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