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インタビュー 2023.7.5

【品川区で活躍する女性起業家特集】日本の伝統文化を品川区から世界に発信するTZEN株式会社 長尾代表に、こだわりの事業内容と起業で思いがけず実現できた自由について聞いてみた。

29年勤めた大手広告代理店を早期退職し、日本の伝統文化を世界に発信するTZEN(ティーゼン)株式会社を2021年1月に設立、起業した長尾千登勢さん。会社員時代に培った人脈やノウハウを活かしつつ、同年秋には京都の老舗茶問屋と共同で抹茶カフェをオープンし、ますます活動の幅を広げています。そんな長尾さんに、起業に至った思いや品川区で活動するメリット、今後の展望について聞きました。

(プロフィール)

長尾 千登勢さん
TZEN株式会社
代表取締役CEO

株式会社電通での29年に渡るグローバルクリエーティブ、PRディレクターを経て2021年独立、TZEN株式会社を設立。日本の伝統文化を世界に発信する事業開発およびコンサルティング事業を立ち上げる。抹茶のサードウェーブ「ATELIER MATCHA」、VR茶会「茶空会」、マルチアングル能楽「すまほ能」等、海外視点で伝統文化とテクノロジーをハイブリッドした発信をサポート、コンサルティングしている。

 

「4つのT」で、自分らしく伝統文化の発信をプロデュース

 

―まず、御社の事業について教えてください。

長尾 千登勢

「TEA」「TRADITION」「TECHNOLOGY」「TRANSFORMATION」という4つのTを軸に、事業を行っています。
それぞれ、抹茶を振興するアトリエマッチャ事業、伝統文化コンサルティング事業、伝統コンテンツデジタル化事業、伝統文化インテグレーション事業になります。

―具体的には、どういうことをやられているのですか?

長尾 千登勢

まず「TEA」では抹茶カフェの「ATELIER MATCHA」を、以前の仕事で知り合った京都の製茶問屋、山政小山園取締役の小山雅由さんと始めました。
一般的に茶問屋は茶農家から茶葉を仕入れて製造・販売を行いますが、山政小山園では茶園を有しております。
摘み石臼挽きのまさに伝統の技による逸品であり、コロナ禍で茶会が開かれず茶道用抹茶の流通が鈍ったときに、直接消費者に届けるお手伝いを考えていて、ちょうどカフェに打ってつけの物件が人形町にあったため、開店を決めました。
カフェにおける役割は、抹茶の真の美味しさを感じていただけるよう私と小山さんがメニューのアイデアを出し、それをパティシエがレシピ化してくれています。
店長とパティシエはTZENの社員として雇用しました。
そしてカフェでは、抹茶テイスティングなどのワークショップやオンライン茶会を開いて、新たな抹茶の楽しみ方も提案。ほかのTとのハイブリッドで、営業後の夜間には「夜のアトリエ」として能楽の演奏会なども行っています。

―そのほかの「T」についても教えてください。

長尾 千登勢

「TRADITION」では、宮大工や着物など、日本の伝統文化や工芸の技を継承できるよう、マーケティングやコミュニケーションの観点でサポート。
文化庁の補助金を活用するなどして、企画・発信しています。たとえば宮大工ツーリズムとして、お宮の修復現場の見学会を湯河原の有名神社の協力で行いました。その縁で横浜市のツーリズム事業では、パシフィコ横浜の学会時に休憩所でお茶のお手前を行う等、セッションの空き時間での和文化体験をサポートしたりしています。
「TECHNOLOGY」では、能楽を360度VRで記録する「すまほ能」や、VRゴーグル着用で遠方から参加できる茶会などを企画・開催。茶会ではピンマイクやピンカメラを随所に仕込み、お湯がふつふつと沸く音やお茶を立てる茶せんの音などを拾い、シズルのある音や映像が届けられます。
「TRANSFORMATION」は、一般財団法人を設立してTZENとは活動を分けているのですが、各伝統文化の支援団体やNPOを連携させ、インパクトある動きを目指しています。また、代表理事の海外人脈を活かし、職人にグローバルな展示機会を作るなどしています。

―今後の事業展開はどのように考えていますか?

長尾 千登勢

起業直後からいままでは、意識して領域を広げてきました。先輩からのアドバイスで、起業してすぐは事業を1種類に絞らず、5~6種類はやってみて、そのなかで見込みがあったり思い入れが出てきたものを育てていけといわれました。
ですから、特に1年目には声がかかったものは断らず、すべて引き受けてきました。その結果、領域は広げられたので、3年目となった今、そろそろ断捨利を考えています。
選択軸は2つで、まず「世のため・人のため・自分のため」になること。
そして、従業員と自分の給料分は確実に賄えることです。

長尾 千登勢

そこで注力していきたいのが、まず、順調にいっているカフェ事業を、単なる抹茶カフェでなく、和文化体験ができる「場」として育てていくこと。カフェの海外展開も含め、いろいろな仕掛けを考えています。
もう1つが、日本文化の海外への発信を、さらにマーケティング的な成果が得られる形でやっていくことです。
たとえば、職人の手になる工芸品を、英語でのコミュニケーションを支援して海外向けに直販し、購入者から手数料をいただくようなスキーム作りですね。
真価を理解いただき適正な価格で購入されることで、職人の後継者不足に歯止めをかけたいです。
また、医療分野で始まっている、神の手の技術のVR映像によるアーカイブ化を、伝統文化・工芸でも行っていきたいです。
データが残せれば、後の世に継承できますし、ロボットでの再現もできるかもしれません。
日本の伝統文化が多くの方にかっこいいと思っていただけて、かつビジネスとしても成立する形に育てていくために貢献できればと思っています。

会社員ではできなかった伝統文化の代理人的支援を、起業で実現

―長尾さんの和文化との出会いはどのようなものだったのですか?

長尾 千登勢

私は父が商社勤務のため、中学まで海外で育ちました。その後も帰国子女の多い学校で過ごし、日本的なものにあまり触れる機会がなかったため、憧れはありました。そうして大手広告代理店に勤め、仕事で充実していた3年目の頃、近所の素敵な日本家屋に和服姿の方がたくさんおられました。よく見ると、表札に「裏千家教授」とあり、お茶の教室だと分かりました。それですぐに習い始めたのです。
お稽古自体は月3回なので、仕事があっても振り替えて続けられました。先生とその御宅がとにかく素敵でしたので伺うのが楽しく、そのなかで掛け軸の見方やお香についてなど、和の体験を積み重ねることができました。

―そのような和の世界が、どのように仕事にリンクしてきたのですか?

長尾 千登勢

40代でディレクターになると、日系グローバル企業や政府官公庁の海外向けマーケティング案件を担当するようになりました。そうして出張すると、日本の文化について現地で興味はもたれるのですが、理解はあまり進んでいません。
たとえば、日本酒の蔵元を地域ごとに展示していくだけではショーケース的な売り込みにとどまり、その精神までは伝わらないのですね。
それではもったいないと思い、今も手がける宮大工や着物などの情報発信を個人的に行うようになりました。
そんなときにコロナ禍で出張がなくなり、リモートワークになって時間に余裕ができたため、50代になっていた自分の今後をじっくり考えられたのです。

―それで起業を考えられたのですね。

長尾 千登勢

そうですね。やりたかったのは伝統文化のコンサルティングやマーケティング、インバウンド対応の英語でのフォロー支援などですが、会社でビジネスとして扱うのは難しかったため、起業して自分でやれればと思いました。
そんなときに、ちょうど早期退職者の募集がありました。
子会社と業務委託契約を結び、ある程度の業務や収入が見込めるため、前職のつながりを持ちながら自分の世界を広げられる、良い機会でした。
個人事業主ではなく会社を設立したのは、海外とのやり取りが多いと想定したからです。
契約や為替送金等を考えると、それが自然でした。

出張にも商談にも便利な品川は、創業地としても打ってつけ

―そうして品川区で起業されていますが、品川区とはどういうご縁ですか?

長尾 千登勢

今は大学生の娘が生まれたときに、品川区立の保育園は夜間保育が10時まであって夕食も出してもらえ、病児保育もあるので引っ越すことを決め、ちょうど新設された西大井保育園に入園ができました。
立ち歩きの様子なども詳しく教えてもらったので、娘は品川区に育てていただいたようなものですね。
その後、大崎に引っ越したときもスムーズに区立保育園に転園できました。

―ワーキングマザーとしては大助かりでしたね。そのほか、品川区でのメリットは何かありますか?

長尾 千登勢

自分の執務スペースがあればよいので自宅で起業しましたが、品川区はやはり交通の便が良いですね。
会社員時代も今も出張が多いので、羽田空港や品川駅が近く、飛行機も新幹線も便利なのが助かります。
羽田空港に降り立つと、もう家に着いたような気分になります。
品川駅から成田エクスプレスで、成田空港も行きやすいですね。
今は、東京に来られた方と商談をセットしやすいのもメリットです。
品川でちょっと1時間などと、お誘いしやすいですね。

―改めて、起業してよかったことを教えてください。

長尾 千登勢

責任は伴いますが、自分が好きなこと、やりたいことをできるのが何よりです。
起業するとストレスが大変だという人もいますが、私は会社員時代にはマネジメント業務も多かったので、その分いまは企画などに集中できています。
また、自分でやるかどうかを決められ、断ることもできるので、自由を手に入れたような感覚ですね。
一方で、出張の手配や年末調整など、バックオフィスに助けられていた部分も改めて実感しています。
起業して、従業員も雇用したので、会社という組織のことがとてもよく分かりました。

―最後に、起業を考えている人へアドバイスをお願いします。

長尾 千登勢

起業したい気持ちがあれば、やったほうがよいと思います。
いつかやろうと思っているだけだと、その「いつか」は訪れません。
すでに実がなっているならば、熟れるのを待ちすぎると腐って落ちてしまうかもしれません。
時期を逃したら、もったいないです。
また、私は50代での起業でしたが、これまでの仕事で培ってきた人脈があるので、人材などをとても探しやすいです。
たとえばVR技術者を探していても、友だちの友だちの息子が、などと知り合いをたどって、すぐ見つかったりすることがよくあります。
また今思えば、会社員時代から「こういうことをやりたい」というのを広く周りに伝えていたのも良かったと思います。
いざ退職したときにも、目指すものが理解されましたし、役に立ちそうな人を紹介してくれたりと協力してもらえました。子育てがひと段落したことでも自由な時間が増え、その意味でも良いタイミングでした。ぜひ、自分にとっての好機を逃さないでほしいですね。

執筆者

取材ライター

久保田 かおる

インタビューはリラックスムードで楽しく。原稿では、難しいことも分かりやすく伝えるのがモットーです。

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