AWSの手厚いスタートアップ支援策と、エンジニアが開発に没頭&アイデアを具現化できるコワーキングスペースの全貌に迫ってみた
Amazonが総合オンラインストアの展開で培ってきたクラウドコンピューティング技術から生まれたアマゾン ウェブ サービス (以下、AWS)。 サーバやストレージ、データベース等、システムインフラの大幅なコスト削減や柔軟な増減を可能とし、世界中に革新をもたらしています。AWSのサービスを利用して動く、世界を変えるようなお客様の先進的なサービスを高い技術力で支える中で、AWSユーザーであるスタートアップ企業の支援にも注力しています。
日本におけるその象徴といえるのが、目黒本社内にあるコワーキングスペース「AWS Loft Tokyo」です。その開設の意図や同社のスタートアップ支援プログラムの概要、今後の展望について、スタートアップ事業開発部本部長の畑浩史さんに聞きました。
※現在、新型コロナウィルス対策に伴い、AWS Loft Tokyoは休館しています。最新情報については、AWSウェブサイトをご確認ください。https://aws.amazon.com/jp/start-ups/loft/tokyo/
(プロフィール)
畑 浩史さん アマゾン ウェブ サービス ジャパン株式会社 スタートアップ事業開発部 本部長
1997年日本IBM入社。SE、テクニカルセールスとして通信会社の新規プロジェクトに参画。2006年アイチケット(現エムスリー子会社)の創業メンバー。事業開発、セールス・マーケティング担当執行役員として事業立上げ・推進。2010年ミスミグループ本社入社。事業統括ディレクターとして三枝会長(当時)の元でEC新事業の立上げ・推進。2013年アマゾン ウェブ サービス ジャパン入社。スタートアップ支援チーム立上げ・推進。CTOコミュニティやAWS Loft Tokyoの立上げなども行う。
エンジニアだけの、開発作業に集中しやすい空間が好評
―コワーキングスペース「AWS Loft Tokyo」の特徴を教えてください。
畑
本社のある目黒駅から1分のビルの17階にあり、AWSジャパンの本社もこちらにあります。AWSを利用しているスタートアップ、デベロッパー(開発者)向けの無料コワーキングスペースとして、平日10時から18時まで予約不要で使えます。AWSのソリューションアーキテクトというエンジニアが常駐して、技術相談に対応しているのが大きな特徴ですね。また、夜間には技術系・スタートアップ系のイベントが開催されるので、そのまま参加もでき、自己研鑽やネットワーキングにも役立てていただけます。コロナ禍の影響により、営業やイベント開催は経過を見ながらとなっていますが、基本的にはスタートアップ支援のための大事な拠点です。
―開放的な造りですが、設備や機能にはどのようなものがありますか。
畑
平時は150人程度収容可能で、テーブル席、カウンター席など自由にお使いいただけます。併設のカフェ「hello, world」では軽食も提供可能です。自販機も置いてあり、エンジニアに人気のエナジードリンクはよく出ますね。17階ですが、周囲に高い建物がないので眺望が開けており、そうしたウインドウサイドのソファでコーディングに励むエンジニアも多いです。一般的なコワーキングスペースと違ってエンジニアに限っているためか、静かなのも特徴でしょう。集中したい開発作業などがはかどると、好評ですね。
―エントランスを入ると、Amazonのさまざまなプロダクトが並んでいてワクワクしました。
畑
米国だとAmazon Booksなど、リアル店舗がありますが、日本ではこうしてショールーム的に実機に触れられる場所はなかなかありません。スマートスピーカーのAmazon Echoから、宅配ボックスのAmazon Hubロッカー、洗剤などの残量が減ると自動で再注文するAmazon Dash Replenishment対応の洗濯機、物流倉庫で働く商品管理システムロボットのAmazon Roboticsまで、さまざまなプロダクトを置いてあります。スタートアップの皆さんがAWSやAmazonのサービスに触れる中で、何かしらヒントにしてもらえればと考えています。
AWSのエンジニアに直接、技術相談ができる「Ask An Expert」
―AWSのエンジニアによる技術相談は、どのように行われるのですか。
畑
常駐コーナーは「Ask An Expert」といいますが、まさに専門家に何でも尋ねられる場です。いわゆるカスタマーサポート的な、AWSの使い方に関することから、アーキテクチャーやプログラム言語など、より踏み込んだ内容も相談可能です。というのも、「Ask An Expert」にはAWSのエンジニアがローテーションで入るのですが、彼らにしてみれば多様な相談に応える千本ノック的な経験で、よい腕鳴らしの場なんですね。内容がより専門的になれば、社内SNSの「Ask An Expert」専用のチャットルームに呼びかけて、詳しいエンジニアがフロアから降りてきて相談に加わるようなこともあります。同じエンジニア目線で血が騒げば、とことん一緒に考えることもあるでしょう。ユーザーからすると、1ヵ月間悩んで全く開発が進まなかったが、「Ask An Expert」に来て一瞬で解決したという例もあります。
そのほか、奥には「DIGITAL INNOVATION LAB」という、IoTやAR/VRなどの先端技術に触れられるラボが併設されており、コンセプトメイキングやプロトタイピングなどをお客様と一緒に行っています。スタートアップからエンタープライズまで幅広く、コラボレーションも可能です。
―「AWS Loft Tokyo」開設の経緯を教えてください。
畑
そもそも「AWS Loft」は2014年にサンフランシスコに、その翌年ニューヨークに創られ、各地のエンジニアやスタートアップ支援の拠点となってきました。AWSのグローバル組織においてスタートアップ支援を進める中、世界各地のスタートアップ市場規模、起業件数、資金調達額などのトレンドを見て、勢いが感じられた東京で、世界3番目となる「AWS Loft」を創ることとなったのです。また、スタートアップ・コミュニティも盛り上がりを見せていたため、その拠点も必要でした。ちょうど2018年にAamzon Japanの本社移転が計画されていたため、当初からフロア内に組み込んで設計することができたのも背中を押してくれました。
スタートアップとともに成長を遂げた、元スタートアップ企業ならではの支援
―AWSが会社として、ここまでスタートアップ支援に力を入れるのはなぜですか?
畑
まず、企業文化があります。Amazon自体、創業者でCEOのジェフ・ベゾスが1995年に小さなオフィスから始めたスタートアップであり、今もグループ全体でスタートアップマインドを持ち続けています。毎日が常に「Day One (初日)」であるという社是があるのです。
そしてAWSの歴史を遡ると、私たちはスタートアップとともに成長してきています。米国で立ち上がったAirbnbやSlackのように、創業期から支援をし、世界を代表するユニコーンになっている企業が多いのです。彼らは、AWSのクラウドサービスによって早期にアイデアを形にし、プロダクトを世に送り出して成長したわけで、AWSの成長もそうしたスタートアップに支えられている側面が大きいのです。
日本ではAWSのサービスが始まった初期に、まずAWSに飛びついて活用してくれたのはゲーム業界のスタートアップの皆さんでした。そこからEコマースなど、いろいろな業種へと活用が広がり、最近では金融やヘルスケアなどの伝統的な業界のスタートアップにも広がっています。こうして成功体験を積み上げてきた私たちがスタートアップを支援するのは、ごく自然なことなのです。
―スタートアップ支援プログラムの代表例を教えてください。
畑
AWSが創業以来スタートアップ支援を行ってきて、これから起業を考える方や資金調達前から、シード期、アーリー期、ミドル期、そしてIPO直前のレイター期まで幅広く、各ステージの方向けに10本の多様なプログラムを用意しています。たとえば、AWSを使いたいがまだ資金不足であるスタートアップに対して、無料で使えるクレジットを提供するのも一例ですし、「AWS Loft Tokyo」の「Ask An Expert」のようなAWSエンジニアによる技術支援もあります。さらに、ビジネスを成長させる段階の支援として、「AWS Summit Tokyo」などAWSの主催イベントでの登壇機会やAWSの公式メディア内での露出といったマーケティング支援や、事業会社とのマッチングプログラムもあります。
コミュニティ支援を通じて、情報共有やネットワーキングを推進
―AWSは個々のエンジニアに対するコミュニティ支援も大事にしていますね。
畑
スタートアップに対するのと同じ姿勢によるものです。AWSの成長はコミュニティとともに、というのが伝統的にありますが、日本ではJAWS-UG(AWS Users Group-Japan)というユーザー会が自然発生的に広がってきました。今は各都道府県に支部があるほか、さらに小さく中央線沿線など、ローカルな単位でも作られています。そのほか、機械学習やビッグデータ、セキュリティなどの目的別にも支部があります。こうした活動によりユーザー間でAWSの最新知識や活用事例が共有されることで、AWSクラウドの普及につながっています。AWSはコミュニティに支えられているのですね。
その支援の場として、「AWS Loft Tokyo」が果たした役割も大きいのです。IT業界ではリモートワークの走りで、起業し立てやシード期のスタートアップはオフィスを持たないことも普通でした。ですが、開発作業は一緒に行いたい。そんなときにコワーキングスペースが役立ったのです。そうした方々が横でつながることもあれば、夕方からのイベントや勉強会でつながるなどして、裾野が広がりました。その意味で、「AWS Loft Tokyo」がスタートアップとコミュニティをつなげたといえます。
―スタートアップ支援として、Amazonグループとのつなぎ役もされるそうですね。
畑
One Amazonでの支援ということで、AWSが窓口となり、スタートアップとAmazonグループをつなぎます。たとえば、AWS Startupブログでも紹介している例(https://aws.amazon.com/jp/blogs/startup/program-aws-support-ecbo/)ですが、宅配物受取サービスをカフェや美容室と提携して行っているecbo株式会社は「AWS Loft Tokyo」を活用され、クレジットなども使われていたスタートアップです。CEOの工藤さんを支援する中で、AWSが窓口となって、Amazon Hubカウンターの受取場所に彼らの提携先が加わることとなりました。このように、スタートアップのビジネスの成長のために、Amazonグループとして支援できるのは、私たちの強みですね。
―ある程度成長したスタートアップに対する支援として、大きいものですね。そのほかの支援策には、どのようなものがありますか?
畑
元スタートアップのCTO(最高技術責任者:Chief Technology Officer)による、技術面以外におけるメンタリングも行っています。マネジメントや評価、採用などについてですね。実際にスタートアップと交流していると、CTO層の中にビジネスサイドのCEOには相談しきれない、そうした課題があるとわかりました。そこで経験者が壁打ち相手となったり、AWSで2014年から支援しているスタートアップのCTOコミュニティで得られた知見を共有しているのです。そもそも技術系人材のコミュニティは小規模なものしかありませんでしたが、AWSでは100人規模となっており、多様なステージにおける知見が蓄積されています。
金融、ヘルスケアなど規制の多い業界での知見をスタートアップに公開
―支援を注力される業界などはありますか?
畑
金融やヘルスケアなど、日本特有の事情が伴う業界については、特化して知見を集め、共有しています。管轄省庁による規制やガイドラインがある中で、クラウド上でどのようにシステムを構築していくか。オフラインを前提としたルールを、オンラインでどう解釈して進めるかなど、先人と乗り越えてきた事例は貴重なもの。アイデア段階からでも、ぜひ相談いただきたいですね。
同様に、宇宙産業でも厳しい法規制をクリアした事例が出てきています。九州大学発のスタートアップである株式会社QPS研究所(https://aws.amazon.com/jp/solutions/case-studies/iqps/)の小型衛星開発でも、AWSが総務省との交渉などを含め、支援しています。
このようなことは、スタートアップが業界を破壊的に変革していくシーンでは必要なもの。この先も、エネルギー業界などが考えられるでしょう。クラウドの領域が広がるのと合わせて、そこはAWSとして一緒に乗り越えていきたいと考えています。
―今後の展望をお聞かせください。
畑
スタートアップ支援の方向性としては、支援する総数を増やすのと、ユニコーンになるような成長を支援するという2つがあると思います。そのどちらも意識して、強化していきたいですね。
裾野を広げる支援としては、「AWS Startup Day」というイベントを2018年より行っています。起業を検討中の方や、すでに起業して事業を成長させる方法を模索中の方を対象に、AWSクラウドでビジネスを飛躍させるヒントが満載のイベントで、2020年はオンライン開催としました。こうした種まきとなる長期的な取り組みと、先にお伝えした技術支援、ビジネス支援を組み合わせて提供していきます。さらに、グローバル展開を目指すスタートアップ向けの支援プログラムも始めています。日本のスタートアップが世界で存在感を示せるよう、AWS Japanとして応援したいという気持ちは強いですね。
アマゾン ウェブ サービス、AWSは米国その他の諸国における、Amazon.com, Inc.またはその関連会社の商標です。
執筆者
取材ライター
久保田 かおる
インタビューはリラックスムードで楽しく。原稿では、難しいことも分かりやすく伝えるのがモットーです。